各町の御笠紹介
中国「三国志演義」に出てくる蜀漢の武将で、劉備玄徳と義兄弟の契を結び、魏の曹操を破った赤壁の戦で大功をたてました。中国の民衆にも敬愛され、関帝廟に祀られています。関羽は宵宮(24日)に飾られます。
神宮皇后(息長帯日売命(おきながたらしひめのみこと))は仲哀天皇の皇后で、熊襲征伐中に亡くなった天皇に代わり、熊襲と連繋しているらしい新羅を討伐するため、懐妊中であるのにかかわらず、朝鮮半島へ渡ったといわれています。
遠征後に応神天皇を出産したとされています(古事記)。
神宮皇后は本祭(25日)に飾られます。

江戸期は田辺城下八町の一つで、町名は南に田辺城の外濠をひかえた片側町であったことに由来します。もともとは舟町といいましたが、浅野氏が田辺に入ってから片町に改称されたと思われます。
明治末期には濠が埋め立てられ、旧城下丸の内(現在の上屋敷町)とつながりました。
片町のなかでも会津川沿いは漁師町となっており、特に「網屋町」とも言われました。
※ 闘鶏神社は、正しくは「
」と書きます。