本文にスキップ

報恩寺(善光寺)

報恩寺(ほうおんじ)(善光寺)

報恩寺(善光寺)

もともとは知法寺という名前で、創立年代は不祥ですが、小山文書によると永享年間(室町時代前期、1429~1441)にはすでに存在していたことが書かれています。

ご本尊は薬師如来でしたが、明治18年(1885)に三栖の高坊と呼ばれる地区にある善光寺如来を本堂西側に移して、これを本尊としました。

人々は「三栖の如来さん」または「南海道善光寺」と呼ぶようになり、大正5年(1916)に竜口山知法寺から浄覚山報恩寺へと名前を変えました。

寺の山には西国三十三所もあり、一番奥には報恩寺の奥の院とされる岩屋観音堂があります。

報恩寺(善光寺)

所在地マップ